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小日向一・二丁目南遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/210957
https://jdcat.jsps.go.jp/records/210957fbe0a8f0-7dd4-479e-a729-329d392f1e88
| 公開日 | 2025-10-14 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 小日向一・二丁目南遺跡 | |||||
| 作成者 | 及川,良彦 | |||||
| 作成者 | 梶ケ山,真里 | |||||
| 作成者 | 佐藤,亮太 | |||||
| 作成者 | 宮本,由子 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/143725 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 小日向住宅建物解体事業に伴う埋蔵文化財発掘調査(その 2) 東京都埋蔵文化財センター調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 小日向一・二丁目南遺跡(文京区 No.118 遺跡)は、東京メトロ有楽町線江戸川橋駅の北方約200m、小日向台と呼ばれる高台の縁辺部に立地する。発掘調査区内には、1654 年から 1908 年にかけて「龍興寺」という臨済宗の寺院が所在した。今回の発掘調査区全域は、龍興寺の境内地内を中心とし、龍興寺が明治以降手放し民地となった屋敷地跡も調査した。 発掘調査では、旧石器時代から近代に至る多数の遺構が検出され、これらの遺構に伴い大量の遺物が出土した。遺構や遺物の多くは、江戸時代以降に属するが、奈良・平安時代、古墳時代、弥生時代、縄文時代、旧石器時代の遺物も多く確認でき、長期にわたる土地利用の様子や人々の生活の営みの一端を明らかにすることができた。 旧石器時代はⅣ層~Ⅴ層にかけてのローム層から礫群が 5 ヶ所と石器が出土した。縄文時代は、早期後半の陥し穴や炉穴を検出した。また、弥生時代終末期は、方形周溝墓 4 基を調査した。古墳時代後期から奈良・平安時代にかけては、竪穴建物跡 9 棟や掘立柱建物跡 2 棟以上などを検出し、調査区周辺に古代村落が所在したことが判明した。掘立柱建物跡の柱穴から「酔」「中」と墨書された武蔵型土師器坏が出土した。 近世から近代にかけては、龍興寺に関連する建物遺構や地下施設、埋葬遺構などを確認した。境内地では、絵図と遺構の照合から井戸を鍵に「地蔵堂」の遺構を特定した。また、井戸壁の補修方法の一端を知ることができた。遺物では焙烙に書かれた墨書「元禄十五 壬午歳‥」が注目される。また、焙烙で煮沸作業を行った際の吹きこぼれが認められた。 調査区の北西端部は、龍興寺の墓地の一角に該当し、5 基の埋葬遺構と墓地改葬に伴う甕棺廃棄跡を検出した。埋葬遺構には、改葬された可能性があるものと、未改葬のものの両者がある。近代以降では水琴窟の検出と、大規模な防空壕の検出が注目される。また、洋館に伴うと思われる天然スレート瓦が出土したことも重要である。この洋館は三菱の「荘清次郎」もしくは貴族院議員の「松本眞平」関連と推定している。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 143725 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.143725 | |||||
| 対象時期 | 2025/08/29 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 東京都 | ||||||