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史跡 高遠城跡 ⅩⅠ・ⅩⅡ

https://jdcat.jsps.go.jp/records/221155
https://jdcat.jsps.go.jp/records/221155
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公開日 2026-04-21
タイトル 史跡 高遠城跡 ⅩⅠ・ⅩⅡ
作成者 丸山,敞一郎
作成者 大澤,佳寿子
作成者 熊木,奈美
作成者 馬場,保之
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/146943
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 伊那市埋蔵文化財発掘調査報告
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
 土壌硬度調査では、観桜期の踏圧によって土壌は硬化すること、その地表面からの深さはおよそ30㎝ほどまでであることが確認された。
 一方、城跡の遺構の状況は確実に城跡と関係あると断定できるものは確認されていない。二ノ丸、法幢院曲輪は30㎝くらいまでの掘削では城跡の遺構への影響は少ないと考えられる。また、踏圧による土壌硬化も30㎝ほどであることから、地上からの深さ30㎝の範囲内で土壌硬化を改良する手立ては採れると考えられる。
 本丸については遺構面の深さを確認するために面的な発掘調査が必要である。その結果を見て土壌硬化の改良策を検討すべきである。
 また、南曲輪についても、令和7 年度に実施した南曲輪の庭園遺構確認のための発掘調査の結果、地表下20㎝の深さで近世末頃の土坑が確認されている。南曲輪の土壌硬化の改善策は、令和8 年度に実施予定の確認調査結果を見て、検討すべきである。
 平成19年度の調査で検出された集石遺構の一部は、進徳館管理棟と関連する遺構の可能性を指摘した。進徳館の建物配置の変遷に関する研究からすると、明治後期から昭和期にかけてあった内藤家別邸の遺構の可能性がある。
 進徳館西側で検出された集石遺構9 については、進徳館整備以前の石垣の痕跡、礫は石垣の裏込めであった可能性が指摘できる。内藤氏かそれ以前に行われた家臣の屋敷割の変更、あるいは、進徳館整備に伴う敷地拡張のための既設石垣を撤去した跡とも考えられる。進徳館整備以前の屋敷割に関する具体的な位置情報が得られたといえ、今後絵図との照合を通じ三ノ丸の変遷がある程度明らかにされることが期待される。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 146943
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.146943
対象時期 2026/03/31
対象地域
長野県
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Ver.1 2026-05-18 02:10:08.395641
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