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東光寺裏遺跡

https://jdcat.jsps.go.jp/records/221340
https://jdcat.jsps.go.jp/records/221340
09bfdd1c-5103-4267-b213-224fb9d2ff11
公開日 2026-05-15
タイトル 東光寺裏遺跡
作成者 上野,真由美
Distributor
寄与者 奈良文化財研究所
Nara National Research Institute for Cultural Properties
URI https://sitereports.nabunken.go.jp/147272
アクセス権 open access
Abstract
内容記述 社資交(改築)工事(東光寺裏遺跡埋蔵文化財発掘調査業務委託)004 埋蔵文化財発掘調査報告
埼玉県埋蔵文化財調査事業団報告書
埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等
考古資料-発掘調査・分布調査・資料調査等
 東光寺裏遺跡は、旧岡部町で深谷市西部の小山川と志戸川に挟まれた扇状地性の洪積台地に立地している。調査区の標高は約55 m前後である。
 調査の結果、飛鳥時代の住居跡1軒、中近世の火葬跡1基、土壙14 基、溝跡4条、グリッドピット6基が検出された。
 縄文時代では、遺構は検出されなかったが、早期と考えられる石器や、縄文時代中期の土器が出土した。
 飛鳥時代では、住居跡が1軒検出された。第1次調査では古墳時代中期と平安時代の住居跡が検出されているが、この時期の遺構は検出されていない。
 中近世では、火葬跡や土壙、溝跡、グリッドピットが検出された。火葬跡は中世から近世で、その後に溝跡が作られたと考えられ、中世から近世にかけての遺跡周辺の土地利用の一端が明らかとなった。
 縄文時代では、遺構は検出されなかったが、早期と考えられる石器や中期中葉の土器片が出土し、この地域の早期や中期の様相を考えるうえで貴重な発見となった。また、飛鳥時代の住居跡は遺跡における古代を考えるうえで重要な発見となった。
 遺跡周辺は古墳時代から古代にかけて大規模な遺跡が多く、中世の遺跡周辺は、武蔵七党である丹党の榛沢氏の館跡が所在すると伝わる地域である。今回の調査で発見された遺構や遺物は、榛沢地区における東光寺裏遺跡を考えるうえで貴重な成果となった。
Other
内容記述 出版物
Other
内容記述 Publication
トピック 日本史, General History of Japan
データの言語 jpn
整理番号 147272
整理番号 http://doi.org/10.24484/sitereports.147272
対象時期 2025/08/20
対象地域
埼玉県
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Ver.1 2026-05-18 02:14:01.400783
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