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筑後国府跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/230628
https://jdcat.jsps.go.jp/records/23062830ce1629-a446-4d8b-bcde-8085a9b2a82c
| 公開日 | 2026-06-04 | |||||
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| タイトル | 筑後国府跡 | |||||
| 作成者 | 神保,公久 | |||||
| 作成者 | 廣木,誠 | |||||
| 作成者 | 江頭,俊介 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/59200 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 平成25年度発掘調査報告 久留米市文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 (筑後国府跡 第259次) 第259次調査は、立石地区における専用住宅建設に先立つ記録保存調査である。調査地は、筑後国府Ⅱ期政庁に付随する国司館の北東200mに位置する。調査の結果、平安時代末期の土坑3基、中世の土坑4基を検出した。平安時代末期の遺構は周辺の調査においては類例が少なく、希少な発見となった。また、本調査地の西側には中世の所産である「立石土塁」が所在しており、同時代の遺構の広がりを確認することができた。 (筑後国府跡 第260次) 第260次調査は、第259次調査と同じく筑後国府Ⅱ期政庁に付随する国司館の北東200mに位置する。立石地区における専用住宅建設に先立つ記録保存調査である。調査の結果、掘立柱建物1棟、竪穴建物2軒などを検出した。掘立柱建物は8世紀末頃~9世紀初頭と推定され、当該期の建物群の一部である可能性がある。また、竪穴建物は8世紀後半~末の所産で、周辺では工房跡と推定されるものも検出されており、Ⅱ期政庁との関連が注目される。 (筑後国府跡 第261次) 本調査は、第259・260次調査と同様、立石地区における専用住宅建設に伴う一連の記録保存調査である。調査地は筑後国府Ⅱ期政庁に付随する国司館の北東200mに位置する。調査の結果、竪穴建物1軒、溝1条、土坑2基などを検出した。竪穴建物は炉跡を具有し鉱床石や鉄滓が出土するなど、工房跡と推定される。近隣の調査においても、工房跡を含む同時期の竪穴建物が複数検出されており、Ⅱ期政庁との関連が注目される。また、溝については、本調査地の西側には中世の所産である「立石土塁」が所在しており、同時代の遺構の広がりを確認できた。 (筑後国府跡 第262次) 本調査は、上地区における専用住宅建設に先立つ遺構確認調査である。南接する第254次調査では、西偏5度を指向した9世紀中頃~後半の掘立柱建物・溝や居宅の囲繞施設の可能性がある鎌倉時代の大溝などが検出されている。対照的に、本調査地では、ピットを検出したのみであり、先の調査と異なった様相を確認できた。 (筑後国府跡 第263次) 第263次調査は、第262次調査同様、上地区における専用住宅建設に先立つ一連の遺構確認調査である。結果、溝2条、ピットを検出した。溝は第254次調査で検出された西偏5度を意図した溝と直交すると推定され、9世紀中頃~後半に比定される。それらの溝は、第19次調査検出の掘立柱建物群と第254次調査検出の溝とともに一連の官衙群を形成していると想定される。 (筑後国府跡 第264次) 本調査は、上地区における専用住宅建設に先立つ一連の遺構確認調査である。第262・263次調査に近接する。調査の結果、掘立柱建物1棟、溝6条、土坑1基、ピットを検出した。掘立柱建物は第254・263次調査で確認された掘立柱建物・溝と計画方位が一致し、一連の官衙群を形成する可能性がある。時期は9世紀中頃~後半に比定される。溝は、埋土や走行方位から中世の所産と考えられるものも含まれ、当地では希少な同時代の遺構の広がりを確認することができた。 (筑後国府跡 第265次) 第262~264次調査は上地区における専用住宅建設に先立つ遺構確認調査で、本調査も同様の調査である。南接する第254次調査では、西偏5度を指向した9世紀中頃~後半の掘立柱建物・溝や居宅の囲繞施設の可能性がある鎌倉時代の大溝など多くの遺構・遺物が検出されている。これに対して、本調査地では、ピットを検出したのみであり、先の調査とは異なった遺構分布状況を示しており、第262次調査とは様相を同じくしていることを確認できた。 (筑後国府跡 第266次) 第266次調査は、第262~265次調査と同じく、上地区における専用住宅建設に伴う遺構確認調査である。調査の結果、溝2条、帯状硬化面1条、ピットを検出した。溝は第254次調査で検出された9世紀中頃~後半の溝と一連のものと思われ、同時代の官衙群を形成するものと推定される。また、帯状硬化面は土層観察から幅4m程の道路遺構の可能性がある。尚、硬化面はそれらの溝に先出していることから、9世紀中頃以前の所産である。 (筑後国府跡 第267次) 調査地は、第263次調査地に西接する。本調査も上地区における一連の遺構確認調査である。調査の結果、溝1条およびピット群を検出した。溝は第254次調査で検出された溝の延長部分にあたり、所属時期が9世紀中頃~後半であることが判明している。また、本遺構は先の第263次調査検出の溝と直交する可能性がある。これらの溝は、当該期における官衙群を形成するものと推定される。 (筑後国府跡 第268次) 筑後国府跡の上地区を調査した。奈良時代と考えられる波板状痕跡と、平安時代と考えられる南北方向の溝を検出した。平安時代(9世紀後半)の溝は、東側の既往の調査地点で検出されている掘立柱建物群と主軸や時期を同じくしており、一連の官衙群を形成していると考えられる。 (筑後国府跡 第269次) 筑後国府跡の上地区を調査した。平安時代と考えられる南北方向の溝を2条検出した。9世紀後半と考えられる2条の溝は、東側の既往の調査地点で検出されている掘立柱建物群のなかでも微妙に異なる2時期の建物群とそれぞれ主軸を同じくしており、2時期にわたる一連の官衙群を形成していると考えられる。 (筑後国府跡 第270次) 上地区における専用住宅建設に先立つ遺構確認調査である。本調査地では、南側で実施された第254次調査において検出されている254SD100の延長部分を検出することを目的とした。調査では、予想通りに254SD100を検出することができ、さらにもう1条の溝と土坑を検出することができている。 (筑後国府跡 第271次) 筑後国府跡の上地区を調査した。平安時代と考えられる南北方向の溝を2条検出した。9世紀後半と考えられる2条の溝は、東側の既往の調査地点で検出されている掘立柱建物群のなかでも微妙に異なる2時期の建物群とそれぞれ軸を同じくしており、2時期にわたる一連の官衙群を形成していると考えられる。 (筑後国府跡 第273次) 上地区における専用住宅建設に先立つ遺構確認調査である。本調査地では、東西の区画施設の検出を期待したが検出できず、竪穴建物の可能性のある土坑SK1を検出するに止まった。他にはピット群が検出できたが、建物などに復元できるものか判断できなかった。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 59200 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.59200 | |||||
| 対象時期 | 2014/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 福岡県 | ||||||