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アイテム
久留米市内遺跡群
https://jdcat.jsps.go.jp/records/230634
https://jdcat.jsps.go.jp/records/2306343f01289d-cc60-46f3-9976-aa270b3629d0
| 公開日 | 2026-06-04 | |||||
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| タイトル | 久留米市内遺跡群 | |||||
| 作成者 | 西,拓巳 | |||||
| 作成者 | 小澤,太郎 | |||||
| 作成者 | 熊代,昌之 | |||||
| 作成者 | 江頭,俊介 | |||||
| 作成者 | 米元,史織 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/59288 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 平成26年度 久留米市文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 (久留米城外郭遺跡 第20次) 調査地は、久留米城外郭の北東隅部にあたる。土塁と掘を挟んで東に位置する櫛原小路から城内へ出入りする櫛原口であり、外郭および枡形を形成する土塁の検出を目的として調査した。結果、現地表下には良好な状態で土塁積み土が残存していることが判明した。外郭北辺土塁は、土嚢状土塊を用い、外堀の掘削土である砂礫を積み上げている状況がみられた。枡形の土塁は北辺土塁に粘土混じりの土を託して積み上げている。なお、土塁下部に幅6.8mの濠状遺構が存在することが判明した。その機能や築造時期を含め、新たな議論を提供することになった。 (市ノ上遺跡 第2次) 調査地は、市ノ上台地の最高所付近に位置する。検出した方形住居跡からは、黒曜石の剥片が多量に出土し、石器製作工房跡の可能性がある。 (稲数遺跡 第2次) 調査地は、筑後川右岸に面した微高地のほぼ中央に位置し、標高は11mを測る。平成24年度に実施した、第1次調査の北隣にあたる。今回の調査では、弥生時代早期と近世の土坑、弥生時代、古代、中世の溝状遺構、土坑を検出した。溝の一部は、第1次調査で検出した溝の延長部にあたり、古代から近世にかけて集落や居館を区画する溝が掘られた様相が窺える。中世の土坑からは、屈葬された人骨が出土した。 (ヘボノ木遺跡 第71次) 調査地は、回廊状遺構が検出された箇所の南側列に位置する。検出された掘立柱建物は、門状施設と考えられる。 (益生田古墳群 第4次) 遺跡は、耳納連山北麓の斜面上標高122m地点に位置する。横穴式石室を主体とした古墳を5基確認し、破壊されていない83・85・87・88号墳を対象として調査を行った。いずれも北西方向に歪みが生じ、石室及び墳丘そのものが傾いた状況で検出され、崩壊していた。地形の変動に起因すると考えられ、筑紫大地震(679年)の影響によるものだと推定される。 (大園遺跡 第4次) 遺跡は、高良山から筑後川に向かって延びる標高16mの扇状地の先端に位置する。弥生時代の竪穴建物1棟と年代不明のピット多数を検出した。表土が約40~50cmと薄く、遺構面も相当削平されていた。竪穴建物も深さ12cmほどしか残っていない。出土した土器から、中期末頃の住居と思われる。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 59288 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.59288 | |||||
| 対象時期 | 2015/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 福岡県 | ||||||