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久留米市埋蔵文化財調査集報XVⅡ
https://jdcat.jsps.go.jp/records/230646
https://jdcat.jsps.go.jp/records/2306469cc65147-a589-43d5-9a91-333b0b74fefd
| 公開日 | 2026-06-04 | |||||
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| タイトル | 久留米市埋蔵文化財調査集報XVⅡ | |||||
| 作成者 | 園井,正隆 | |||||
| 作成者 | 神保,公久 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/59607 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 竜頭遺跡(第1次)・屋敷1号墳(第1次)・畑中遺跡(第2次)・久留米城下町遺跡(第12次)・野瀬塚遺跡(第5次)・筑後国府跡(第278次) 久留米市文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 (竜頭遺跡 第1次) 地権者が植木の掘り起し中に偶然発見したもので、状況把握と記録保存のために調査を実施した。周囲に植木があり、限られた面積で、1基の石棺墓を実測・写真記録を行った。石棺の内外部から遺物等の検出は無く、詳細な所見を出しえなかった。今後、地域の開発等において、十分に注意すべき遺跡となった。 (屋敷1号墳 第1次) 本遺跡は、「福岡県遺跡等分布図」には記載されるが、その実測は不明であった。この調査により、円墳が丘陵の頂部に造られていることが判明したが、残念ながら主体部および盛土は削平されており、検出できた遺構は周溝のみであった。周溝から出土遺物も無いため、時期決定決定にいたっていない。 (畑中遺跡 第1次) 広川の自然堤防上に立地する弥生時代中期の甕棺墓である。1基のみの検出であり、多くの所見はかたることはできないが、甕棺墓群を形成している可能性があるため、今後の調査の成果を俟ちたい。 (久留米城下町遺跡 第12次) 久留米城下町の中でも最も東端に当たり、城下町形成は正保3年(1646)とされる。当該地の道路に面した長さから、当時の2軒分であることが考えられ、その屋敷境の遺構の検出を試みたが、溝や柵列などは検出されなかった。出土遺物には町屋の形成期に当たる陶磁器があり、文献の年代と符号することを確認した。 (野瀬塚遺跡 第5次) 対象地は、市指定史跡「野瀬塚遺跡」の北に隣接する。調査の結果、大正時代の耕地整理の削平の為、大部分が撹乱を受けていることが判明した。検出した遺構は、ピット2個に過ぎない。これより北側には遺跡は延びないと推定される。 (筑後国府跡 第278次) 筑後国府跡Ⅰ期(古宮)政庁の北側に隣接する大林地区において調査を実施した。周辺における過去の調査では、弥生時代終末期~古墳時代初頭の集落跡が検出されている。今回の調査でも、12棟に及ぶ竪穴建物と1棟の掘立柱建物を検出することができた。しかし、調査目的の一つであった国府跡に関する遺構はほとんど検出することができなかった。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 59607 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.59607 | |||||
| 対象時期 | 2017/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 福岡県 | ||||||