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久留米市埋蔵文化財調査集報Ⅹ
https://jdcat.jsps.go.jp/records/230720
https://jdcat.jsps.go.jp/records/230720b1ce1b02-272b-44df-ae75-bf6096b05705
| 公開日 | 2026-05-29 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| タイトル | 久留米市埋蔵文化財調査集報Ⅹ | |||||
| 作成者 | 小澤,太郎 | |||||
| 作成者 | 白木,守 | |||||
| 作成者 | 畠中,和子 | |||||
| 作成者 | 水原,道範 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/65217 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 久留米市文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 (久留米城外郭遺跡 第6次) 久留米城外郭は三ノ丸の南側に配され、周囲を外堀によって囲まれた城内に位置する、上・中級家臣団で構成される武家屋敷地区である。第6次調査地点は外郭地区の東端に位置し、外堀を隔てた東側には櫛原侍屋敷、また南側には町屋が配される。調査区中央で検出された南北溝は、久留米城下図に見られる武家屋敷の屋敷境の溝で、寛永年間(1624~43)に設けられた溝が近代まで踏襲されていた。また城下図からは延寶8年図(1680)の段階では2軒の屋敷であったものが、寛政8年図(1796)の段階では1軒の屋敷に統合され、再び天保年間図(1830~44)の段階では2軒に分割される過程を追うことができ、調査では1軒の屋敷地に統合された時期の柵列も検出されている。 (西小路遺跡 第10次) 10~11世紀代の掘立柱建物は、本遺跡においては初確認である。また、中世段階には、一辺が約100m規模の有力者層の館が存在していたものと思われ、検出した当該期の土坑はこれに伴うものと考えられる。 (白口経塚遺跡 第7次) 周辺地域では、これまで6次に及ぶ調査がなされ、7世紀後半~8世紀後半の竪穴住居、掘立柱建物、土坑などを検出している。『和名抄』に見える筑後国三潴郡荒木郷の集落遺跡と考えられ、本調査地もその一角を占めるものと思われる。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 65217 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.65217 | |||||
| 対象時期 | 2008/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 福岡県 | ||||||