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屋敷平遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/251734
https://jdcat.jsps.go.jp/records/251734ab6c3c5a-32a2-4f67-ba6f-f4eddda9a222
| 公開日 | 2026-06-18 | |||||
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| タイトル | 屋敷平遺跡 | |||||
| 作成者 | 浅川,晃一 | |||||
| 作成者 | 新津,健 | |||||
| 作成者 | 猪股,喜彦 | |||||
| 作成者 | 泉,英樹 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/147567 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | (都)加納岩小学校西通り線(第Ⅱ期)整備事業に伴う発掘調査報告書 山梨市文化財調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 遺跡は笛吹川左岸の扇状地上に立地し、古墳時代前期および奈良・平安時代の集落遺跡と中世以降の溝状遺構群に大きく分かれる。集落のピークは9世紀末~10世紀前半であり、11世紀末~12世紀代に終焉する。検出されたのは集落のごく一部と推定される。竪穴建物等の数の割に墨書土器が40点と数多く検出された。そのうち2文字以上は極わずかで、1文字が殆どであった。中でも「几」という特定の文字が全体の6割近くを占めることから、集落の標識的な文字であったと考えられる。特に当該文字のみを保有する住居もあった。 古代山梨郡大野郷に該当する地域と推定されるが、渡来系氏族や公的な機関を窺わせる「大井」や「造府」と判読できる墨書も認められる。 集落消滅後に本遺跡に構築された中世以降の溝状遺構は、現行水路と並行もしくは重複し、遺跡をとりまく現況地割および現行水路の主軸方位である東偏北12°(峡東条里)および東偏北24°(八幡条里)とほぼ一致することから、表層条里地割に影響をおよぼした可能性が高いことが指摘される。10世紀前半の竪穴の主軸方位の大部分が東偏12°に近似することから、古代の区画を中世段階になぞったものが表層条里地割に継承された可能性も検討の余地がある。溝状遺構の辺に3体の遺骸が埋葬された近世の墓が1基あった。 また、検出された溝状遺構は洪水を被った痕跡が認められることから、その都度改修や移動を繰り返し、最終的に現行水路に移行されたという変遷過程を捉えることができた。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 147567 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.147567 | |||||
| 対象時期 | 2026/02/20 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 山梨県 | ||||||