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荒工遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/251786
https://jdcat.jsps.go.jp/records/251786bffdc41b-d037-4d58-ad29-7073c1d50729
| 公開日 | 2026-06-24 | |||||
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| タイトル | 荒工遺跡 | |||||
| 作成者 | 木崎,道昭 | |||||
| 作成者 | 株式会社古環境研究所 | |||||
| 作成者 | パリノサーヴェイ株式会社 | |||||
| 作成者 | パレオ・ラボAMS年代測定グループ | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/147625 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 東駿河湾環状道路建設に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 静岡県埋蔵文化財センター調査報告 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 愛鷹山南麓の、南に向かってのびる丘陵部の下部に荒工遺跡は立地する。標高は約78mから73mのところに今回の調査区が設定された。南北方向にのびる、東西幅のやや狭い丘陵で、丘陵の東西端部が、南北方向のやや深い谷により、隣の丘陵と隔てられているといった地形である。本遺跡より北側の標高の高い地点だが、同一丘陵上に比較的著名な西洞遺跡が存在する。 荒工遺跡は戦後になってから発見された遺跡である。戦後しばらくは、現在南側にある谷津遺跡と一体で、谷津遺跡と呼称されていたと思われる。1970年に唯一の発掘調査(学術発掘)が行われ、縄紋早期後半~末葉の土器(清水柳E類、駿豆型の野島式、打越式等)の他、「土師初頭」の竪穴建物?が検出されたが、詳細は不明である。 今回の荒工遺跡の発掘調査は東駿河湾環状道路建設に伴う緊急調査である。令和4年1~2月に他地点と合わせて試掘・確認調査が行われた (荒工遺跡は№8地点)。荒工遺跡では2×2mのテストピットを8ヵ所設定し、人力掘削を行ったが、全てのテストピットで縄紋土器が発見された。またそれに伴う石器・礫も多く出土した。この時の試掘・確認調査では遺物のほかに集石遺構等の遺構も検出された。出土した土器は縄紋時代早期末葉の打越式がほとんど全てであり、この時期の集落が調査範囲内全体に広がることが想定された。 本調査は令和6年8月~7年3月まで行われた。本調査区の南側を中心として多量の土器、石器、礫等が出土した。遺構に明確に伴うものは少なく、遺物を多量に含む包含層からの出土である。出土した土器は打越式が大半であり、これに併行する石山式があり、この二者で出土土器の90%以上(大半は打越式だが)を占めると思われる。明確な縄紋時代の遺構としては集石遺構9基と焼土跡3基が検出されている(打越式期であろう)。また、遺物量から考えて、上述の包含層は、土層の関係で検出できなかった遺構(竪穴建物か?)の覆土の可能性が高く、現在把握できている遺構数では、本来の集落遺跡としての規模を復原できないことが想定される。焼土跡は谷部の斜面上部にまとまって分布していた。上述の打越式と石山式のほかに、早期の子母口式、清水柳E類、野島式段階、鵜ヶ島台式、鵜ヶ島台式~芽山下層式段階、天神山式、前期初頭の木島式、下吉井式併行の土器が発見されているが、打越式・石山式以外は極めて少ない。なお打越式でも最も古い段階とされる、貝殻腹縁を押引いて施紋する段階の土器は出土していない。石器については、打越式期の単一時期の組成を示すと思われ貴重である。磨石・敲石類、石皿・台石類が非常に多いが、石鏃もやや多く発見されるなど、早期末葉の典型的なあり方を示す。また特筆すべき遺物として、玦状耳飾が出土した。特定の遺跡でしか出土しない遺物であり、集落としての荒工遺跡の意味を考える上で重要な役割を果たすと思われる。 今回の本調査では、弥生時代後期の遺構・遺物も検出された。遺構は2基の竪穴建物のみであるが、何れも調査区の西北端部に近い位置で、2基以上まとまって建物跡群を形成していた可能性がある。むしろその立地に注目すべきである。荒工遺跡の北方には弥生時代後期の大集落群が存在し、その集落群は荒工遺跡の調査区北側まで断続的に続いているが、荒工遺跡より南側には発見されておらず、集落群の南端部が検出できたと考える。 なお、今回の調査では、テストピットにより旧石器時代層の調査も行ったが、遺物・遺構の発見はできなかった。しかし、整理作業中に、縄紋時代相当層から旧石器時代の黒曜石製ナイフ形石器1点が見出された。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 147625 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.147625 | |||||
| 対象時期 | 2026/03/31 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 静岡県 | ||||||