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小田沢遺跡 下泉A遺跡 下泉B遺跡
https://jdcat.jsps.go.jp/records/251828
https://jdcat.jsps.go.jp/records/251828bab9b085-4f8b-4759-9a54-d172db16b5b8
| 公開日 | 2026-07-08 | |||||
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| タイトル | 小田沢遺跡 下泉A遺跡 下泉B遺跡 | |||||
| 作成者 | 谷藤,保彦 | |||||
| Distributor | ||||||
| 寄与者 | 奈良文化財研究所 Nara National Research Institute for Cultural Properties |
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| URI | https://sitereports.nabunken.go.jp/147670 | |||||
| アクセス権 | open access | |||||
| Abstract | ||||||
| 内容記述 | 上信道自動車道吾妻東バイパス事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書 公益財団法人群馬県埋蔵文化財調査事業団調査報告書 埋蔵文化財(遺跡等)-発掘調査・分布調査・資料調査等 【小田沢遺跡】 遺跡は、岩櫃山を西に望む吾妻川右岸の段丘上に位置する。榛名山北西麓から延びた丘陵の末端に立地し、西端は岩井山根B遺跡に接し、東側に下泉A遺跡、下泉B遺跡が連なる。遺構は、古墳時代、古代、中世以降の各時期が主体となり、古墳時代では4世紀後半から5世紀中葉の集落、溝や畑、Hr-FA下水田といった生産遺構が検出された。特に、竪穴建物へのカマドの設置が5世紀第Ⅱ四半期に開始され、しかも石を用いたカマドであることや、水田からはHr-FA層中に出土した大型植物遺体が稲穂であったなど、新知見があった。古代では、7世紀末から11世紀に至る集落が形成され、竪穴建物以降にも生産活動が継続されていたことが明らかとなった。特に古代の遺構・遺物で注目される点として、3号竪穴建物からの浄瓶の出土がある。他にも、仏教用具である鉄鉢型須恵器が溝から出土し、多出した墨書土器の中には郡名や氏族名、国名に通じる文字、寺院や仏教に関わる文字が目に付き、本遺跡の西側にある金井廃寺や吾妻評・郡家とのかかわりの強い遺跡であることが窺える。一方、遺構では、集落を区画する溝の存在、礎石をもつ大型竪穴建物、井戸の廃絶に伴う人的行為の痕跡など、集落内における様々な行為の痕跡を確認することができた。中世以降では、掘立柱建物群や竪穴状遺構、土坑、井戸、溝、石列、畑など、多くの遺構が検出された。 【下泉A遺跡】 遺跡は、北流して吾妻川に注ぐ大川寺川によって形成された左岸扇状地形に立地し、東側に下泉B遺跡、西側に小田沢遺跡が隣接する。縄文時代の集石4基は早期撚糸文期と考えられ、近隣の遺跡ではめづらしい。また、1区での中世から近世の掘立柱建物と竪穴状遺構は、溝に区画された近世屋敷の様相を呈している。 【下泉B遺跡】 遺跡は、北流して吾妻川に注ぐ大川寺川左岸の扇状地形に立地し、西側に下泉A遺跡が隣接する。地形の改変が著しく、遺跡の残存状況は極めて悪い。1区では古墳時代の竪穴建物が1棟の他中世溝が検出され、2区では古代の掘立柱建物や土坑が検出された。 |
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| Other | ||||||
| 内容記述 | 出版物 | |||||
| Other | ||||||
| 内容記述 | Publication | |||||
| トピック | 日本史, General History of Japan | |||||
| データの言語 | jpn | |||||
| 整理番号 | 147670 | |||||
| 整理番号 | http://doi.org/10.24484/sitereports.147670 | |||||
| 対象時期 | 2026/03/25 | |||||
| 対象地域 | ||||||
| 群馬県 | ||||||